あなたが卑劣であろうと生きていていい理由
私は自分を貫こうとするあまり、人との衝突が絶えない人生でした。しかし同時に心根が弱く、人とぶつかり合うたび、申し訳ない気持ちでいっぱいになって、人に嫌われる私なんてここにいてはいけないんだ、と思っていました。
同時に、心にもないことを言って他人に取り入るずるさも持っていました。たとえ大勢に褒められても、そのずるさを見抜いたわずか数人に悪口を言われて傷ついていました。そして、そんな自分が大嫌いでした。
自分の目標を達成するために、全ての人と円満に、なんて不可能でした。誰とも衝突しないようにすれば、他人との摩擦で自分が削れて消えてなくなってしまうのです。
けれど、どうして私が消えてしまわなくてはいけないのでしょう?
かけがえのない夢を追っているのに、その過程でいつも人との関係でつまづく。そんな悩みを抱えている人間が読むべき小説があります。
それは「私にふさわしいホテル(柚木麻子)」 です。
今の私にとって、これ以上の物語はありません。
可愛らしい素朴な表紙からは想像もできないほど、刺激的な内容でした。
ダイナミックで分かりやすく、大味とも言えるのかもしれませんが、問題はストーリー構成ではなく、土台となるテーマの部分なのです。
主人公の作家・有森樹李は、この上なく魅力的な人物です。はじめから終わりまで、まったく目が離せない主人公です。
雑誌に連載を勝ち取るため、この主人公が大御所の小説家を卑劣な手段で蹴落とすことから物語ははじまります。
小説家になるという自分の夢を掴んだはずの主人公は、翻弄され、貶められ、傷つけられます。しかし、彼女は目の前の敵に敢然と立ち向かっていくのです。
私は、この主人公の苛烈さ、力強さに面食らいました。表面上の行動だけ見れば、私はとてもこんなふうにはなれない、と思うのです。しかし読み進めるうちに、私は彼女に深く共感している自分に気づきました。
彼女が戦うことができるのは、私たちと別の生き物だからではありません。同じように夢を追いかけ、同じように傷つき、同じように悲しみながら、それでも戦うことを選んだだけです。
その戦い方は卑劣で、かつドラマのように非現実的です。それがかえって、彼女を理想的なスーパーヒーローのように見せるのです。内心は決して穏やかではない。それでも歩みを止めない。その姿勢が私の心をとらえました。
この小説に出てくる小説家たちは、かなり手酷くこきおろされます。そんなこと私が言われたら立ち直れないかもしれない、と思うような言葉が、容赦なく作家たちを襲います。しかし彼らは決してその舞台から降りず、色あせて死んだようになりながらも、それでも作家として生きていくのです。
登場人物はどうしようもない醜さをもった人物ばかりです。きれいでまっすぐな人間なんて、この本には登場しません。しかし誰もが自分の人生を生きるために必死なのです。そのためなら、誰を蹴落とそうが、知ったことではないのです。
この物語は、醜く卑劣な心を持つ私が、どうして生きていていいのかを教えてくれるようでした。
自分の夢をかなえるために、自分が生きていくために、人を傷つけた過去を悔やんでいましたが、きっと私のその姿勢は間違っていなかったのです。私は人のためではなく自分のために生きていたのですから。それに私自身も蹴落とされてきたのですから。
間違いがあったとしたら、早々に勝負から降りてしまったことなのかもしれませんね。私が以前いた場所で、私を蹴落とすことに成功した人々は、今頃笑っているかもしれません。でも本当なら、私がそこに立っていてもよかったのです。
みな同じ人間で、同じ世界に生きています。
みんなが人の悪口を言ったり貶めたりするのは、自分が自分として生きていくためなのかもしれませんね。ただ自分を守るために戦っているだけなんです。そして私は戦いを放棄して、自分だけが聖女のように正しくあろうとしていただけなのかもしれません。ひきこもっていれば、誰も傷つけなくてすみますからね。
正しく清潔でいることより、自分が自分として生きることのほうがずっと大切なのだという当然のことを、しばらく忘れていた気がします。